「いわゆる正社員」と「非正規雇用の従業員」の働き方の二極化を緩和し、ワーク・ライフ・バランスと、企業による優秀な人材の確保や定着の実現のため、職務、勤務地又は労働時間を限定した「多様な正社員」の普及・拡大が進められています。

例えば、昨年6月に閣議決定された「日本再興戦略」(いわゆるアベノミクス)等を踏まえて平成25年9月に厚生労働省内に「多様な正社員制度の普及・拡大のための有識者懇談会」が置かれ、7月30日にその報告書がまとまり、政策提言が行われています。

私は、「多様な正社員」については、2年ほど前から関心を持っており、情報収集と研究を進めてきました。
そして、このたび、その研究成果を1冊の書籍にまとめることとなりました。
秋頃を目処に出版する運びとなり、これを機会にその概要を報告させていただきます。

まず皆さんの関心があるのは、「そもそも『多様な正社員』とは何か?」だと思います。
この問に答えるためには、そもそも我が国の「正社員」とは何か、ということを理解する必要があります。これがなかなか難しいのです。

厚生労働省の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」では、正社員を「雇用している労働者で雇用期間の定めのない者のうち、パートタイム労働者や他企業出向者などを除いた、いわゆる正社員」と定義しています。ここでいう「いわゆる正社員」というのは呼称です。
「いわゆる正社員」は、総務省の「就業構造基本調査」における「正規の職員・従業員」と同義です。そして「正規の職員・従業員」の定義は、「一般職員又は正社員などと呼ばれている者」となっているのです。

つまり、我が国の「正社員」は、会社の呼称で決まるというのがその定義です。
いわば、社長が「キミ正社員ね。」といえばその人は「正社員」なのです!

これはどういうことなのでしょうか。
今までの(古い)雇用管理の考え方では、ある従業員が正社員であるかどうかは、その者が会社の正式メンバーとしてふさわしいかどうかで判断してきたということです。つまり、会社にとって「使い勝手がよくていい奴」だけが正社員なのだと。そして正社員だけが正式メンバーであり、パートや契約社員はサブなのだと。

正社員は正式メンバーとして雇用される代わりに、職務内容や勤務地、そして労働時間は、無限定(ルールなし)であり、会社の意のままでした。否応なしに配置転換に応じ、無制限に残業して会社に忠誠を誓ってきたのです。ただし、その代償として雇用は定年まで保障されました(その名残が「解雇権濫用法理」です)。
これが「いわゆる正社員」と呼ばれるものです(私は、書籍の中で「いわゆる正社員」のことを「昭和型正社員」と称してみました)。

いわゆる正社員(すなわち昭和型正社員)は、職務を通して会社と雇用契約を交わすのではなく、メンバーとしての契約を交わしているといえます。
つまり、昭和型正社員は、「就職」しているのではなく「就社」していたのです。

昭和時代の会社は、主力選手の昭和型正社員とそれを補完する非正規従業員がいれば事足りました。昭和型正社員は男社会、家庭は奥さんが守ってくれるので長時間ガンガン働いても平気でした。
「いつかは部長になれる」と皆が同じ夢を見ていたので、残業代が貰えなくても誰も文句は言いません。残業は会社に対するサービスであり、「サービス残業」という言葉まで生まれました。
しかし、これって高校生に向かって「お前たち全員東大を目指せ」と言っているようなもので、無茶な話しだったのですが、昭和時代は、人口も増え、会社の業績も右肩上がりだったので、皆が皆、「最後は部長になれる」と本気で信じていたのでしょう。

そのような古き良き時代は、平成とともに終わります。
価値観が多様化し、国際競争の中、我が国は、新しい雇用モデルを生み出すチャンスを逸し続けました(失われた20年)。
その間に、非正規従業員の割合は増大し、既得権益に守られた昭和型正社員との関係は殺伐としていきます。また、昭和型正社員たちも「いつかは部長」の夢は打ち砕かれ、長時間労働とストレスある働き方だけが残りました。

そこで政府(当時の民主党政権)は、非正規従業員のうち、「意に反して」非正規の道を選んでいる人たちの受け皿として、昭和型正社員とは別の「正社員区分」を設けて、そこへ転換してもらうとうことを考え始めます。
つまり正社員像を多様化して、働き方の選択肢を増やそうと考えたわけです。これが「多様な正社員制度」が検討され始めたきっかけです。
民主党政権時代に試みられた新たな政策は、現政権にはほとんど継承されなかったのですが、「多様な正社員制度」はうまくバトンタッチされた珍しい例です。

「多様な正社員制度」は、うまく導入が進めば、従業員それぞれの職務の範囲が明確になるため、効率的な働き方が可能になると言われています。
「昭和型正社員制度」では、職務が体系化されず、無秩序なままなので意味のない長時間労働が増えるのです。「多様な正社員制度」は、「昭和型正社員制度」が持っていた問題(労働の非効率性、硬直した雇用など)を解決する切り札とされているのです。
「多様な正社員制度」は、ジョブに基づいた雇用関係になるので、従業員自らがスキルアップをより意識するようになります。その結果、労働市場も内部労働市場型(終身雇用制度、年功賃金制度、配置転換等が特徴)から、外部労働市場型(賃金というシグナルを媒介に会社外で労働力の需給調整が行われる)に転換し、人が動く社会となっていくと言われています。
このような点が、雇用を流動化し、人を動かそうとする現政権の方向性とうまくマッチしたのだと思います。

さて、新たな正社員像である「多様な正社員」の特徴は次の二つです。

(1)昭和型正社員には、①職務、②勤務地、③労働時間の限定がない(無限定正社員)と言われていますが、多様な正社員には、これらのすべて又は一部に限定が設けられます。故に「多様な正社員」は、「限定正社員」とも呼ばれます。
(2)昭和型正社員は、メンバーシップが重視されます(メンバーシップ型正社員)が、多様な正社員は、仕事を重視した雇用契約が交わされます。故に「多様な正社員」は、「ジョブ型正社員」とも呼ばれます。

もっとも従来から「職務が限定されている正社員」「転勤しない正社員」「残業しない正社員」は存在しました。しかし、会社から見れば使い勝手のよくない二等社員(準正社員)というイメージでした。
政府の考えは、そういうことではなく、それぞれの働き方の特徴・強みを組み合わせて活用しようというものです。

多様な正社員制度のもとであっても、昭和型正社員は、全否定される訳ではありません。会社の幹部候補生については、メンバーシップ型の昭和型正社員の働き方が向くかもしれません(もちろん全員がそのような働き方をする必要はないし、何より高コストです)。
特定の職務でプロフェッショナルを目指すのであればジョブ型の多様な正社員の働き方の方がよいのです。つまり、「多様な正社員制度」とは、多様な働き方の存在を互いに否定せず、認め合っていく社会の形成なのです。

多様な正社員制度は、今後は一定規模以上の会社は、検討する必要があるでしょう。その場合に検討すべき項目は次のとおりです。

  1. 労働条件の明示、社員区分ルールの明確化
  2. 職務の範囲の明確化
  3. 事業所閉鎖や職務の廃止等への対応
  4. 相互転換制度の整備
  5. 均衡処遇
  6. 職業能力の見える化に基づく評価と人材育成
  7. 労使コミュニケーション

これらを検討することにより、昭和型正社員の働き方の見直しができるほか、
会社内の「雇用ルール」、会社外の「雇用インフラ」の再構築が可能になると考えています。
まさに「雇用イノベーション」のきっかけともなり得る制度なのです。

現在は、多様な働き方の重要性は叫ばれているものの、働き方の選択肢は、会社(あるいは国)が準備しています。
多様な正社員制度が順調に普及・拡大した暁には、自立した働き手が自分の働き方を主体的に選択できる世の中がやってくるのだと思います。