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【第6回・最終回】定額残業代 最高裁判例の総括と実務上の留意点 <連載>日本の定額残業代裁判例の要点

こんにちは、分かりやすさNo.1社労士の先生の先生、岩崎です!

定額残業代に関する連載も今回で最終回となります。

これまで4回にわたって有効要件である「判別性」「対価性」「合意と周知」「差額支払義務」について詳しく解説してきました

最終回となる今回は、定額残業代に関する最高裁判例の動向と実務上の留意点を総括的にお伝えします。

主要な最高裁判例とその意義

定額残業代の有効性に関する法的基準は、主に最高裁判所の判例を通じて形成されてきました。ここでは、特に重要な判例とその意義を振り返ります。

 

1.テックジャパン事件 (最判平24.3.8):「判別性」の確立

この事件では、月額41万円の基本給が月間総労働時間140時間から180時間までの労働の対価とされ、180時間を超える場合にのみ別途割増賃金が支払われるという雇用契約の有効性が争われました。

最高裁は、月額41万円全体が「基本給」とされており、その一部が時間外労働に対する割増賃金部分として他の部分と区別されているとは認められないとして、定額残業代の有効性を否定しました。

意義:この判決は、「判別性」が定額残業代の決定的に重要な要件であることを確立しました。単に一定の給与額が一定範囲の労働時間(残業を含む)をカバーすると定めるだけでは不十分であることを明確にしたのです。

 

2.日本ケミカル事件 (最判平30.7.19):「対価性」の判断基準の具体化

この事件では、「業務手当」が有効な定額残業代といえるかが争われました。最高裁は、対価性の判断にあたり以下の3つの事情を考慮すべきとの枠組みを示しました:
1.雇用契約書等の記載内容
2.使用者による労働者への説明内容
3.実際の労働時間等の勤務状況

意義:この判決は、「対価性」の判断基準を具体化し、契約解釈と客観的証拠(書面)の重要性を強調しました。テックジャパン事件補足意見による運用実態偏重の流れに一定の修正を加え、契約当事者の意思(合意)の解釈を重視する姿勢を明確にしました。

 

3. 国際自動車事件 (最判令2.3.30):複雑な賃金体系における実質判断

この事件では、タクシー会社の歩合給から「割増金」相当額を控除する仕組みの有効性が争われました。最高裁は、この仕組みは「判別性」及び「対価性」の要件を実質的に満たさないと判断しました。

意義:この判決は、賃金項目が形式的に区分され名称が付されていても、賃金体系全体の構造や経済的効果が労働基準法の趣旨を潜脱するものである場合には、定額残業代の有効性が否定されることを示しました。形式だけでなく、実質的な判断が重要であることを明らかにしたのです。

 

4. 令和5年最高裁判決 (最判令5.3.10):近時の厳格化傾向

この事件では、労働基準監督署の指導を受けて改定された新給与体系における定額残業代の有効性が否定されました。最高裁は、新給与体系が割増賃金の支払いを免れる目的で導入され、恒常的な長時間労働を前提とするものと評価できるとして、労働基準法37条等の趣旨に沿うものではないと判断しました。

意義:この判決は、日本ケミカル事件以降、やや使用者側に有利な判断も見られた流れの中で、再び定額残業代の有効性について厳格な審査を行う姿勢を示したものです。制度導入の経緯や目的、労働時間の実態、賃金構成の変化といった実質的な側面を重視し、制度が法の趣旨を潜脱するものでないかを厳しく評価することを示唆しています。

判例の流れと現在の傾向

定額残業代に関する判例の潮流を概観すると、以下のような流れが見て取れます:

1.テックジャパン事件で「判別性」が決定的な要件として確立
2.日本ケミカル事件で「対価性」の判断基準が具体化され、契約解釈と客観的証拠(書面)の重要性が強調
3.国際自動車事件で、複雑な賃金体系における実質的な判断(経済的効果、法の趣旨への適合性)が示される
4.令和5年最高裁判決で、制度の目的や合理性、特に想定時間の妥当性など、実質的な側面への厳しい審査が再び示唆

現在の司法判断は、形式的な要件(判別性、契約上の対価性の明示)の充足を大前提としつつ、制度の実質(想定時間の合理性、法の趣旨への適合性、労働者への説明・合意形成)をも総合的に評価する傾向にあると言えます。有効性の立証責任は実質的に使用者側にあり、安易な導入・運用は大きなリスクを伴うことを認識する必要があります。

実務上の留意点(推奨事項)

定額残業代制度の導入・運用にあたっては、以下の点に最大限留意し、法的リスクを最小化しましょう

1. 契約書・規程の整備

雇用契約書及び就業規則(賃金規程)において、以下の点を明確に記載します:
•基本給と定額残業代(手当)の金額を明確に区分
•定額残業代が何時間分の時間外労働等(時間外・休日・深夜の別も明記することが望ましい)の対価であるかを具体的に記載
•対象時間を超えた場合は差額を支払う旨を明記
基本給に残業代を組み込む形式は避けるべきです。

 

2. 説明と合意

採用時や制度導入時に、制度の内容を労働者に対して書面等を用いて丁寧に説明し、理解を得た上で明確な合意を取り付けます(同意書の取得も有効)。給与明細にも内訳を明記しましょう。求人広告等での表示も法令に従い正確に行うことが重要です。

 

3. 時間数設定の合理性

定額残業代の対象時間数は、実際の平均的な残業時間や36協定の上限時間を踏まえ、合理的な範囲内に設定します。月45時間を超える設定はリスクが高く、月80時間のような極端な設定は無効とされる可能性が極めて高いことに注意しましょう。

 

4. 労働時間の正確な把握

定額残業代適用者を含む全従業員の労働時間を、タイムカード、PCログ、自己申告と管理者確認など客観的かつ正確な方法で把握・記録する体制を整備・運用します。これは差額計算の前提として不可欠です。

 

5. 差額の確実な支払い

毎月、各従業員の実際の時間外労働等に基づく割増賃金額を計算し、定額残業代の額と比較します。超過している場合には、必ずその差額を給与支払時に合わせて支払うプロセスを確立し、確実に実行しましょう。

 

6. 定期的見直しと専門家への相談

判例や法改正の動向を常に把握し、自社の制度が最新の法的要請に適合しているか定期的に見直します。制度の設計や変更にあたっては、労働法に詳しい弁護士や社会保険労務士等の専門家に相談することを強くお勧めします。

 

結びに

定額残業代制度は、適切に設計・運用されれば、労使双方にとって利便性をもたらすことができます。しかし、その法的有効性は、日本の裁判所によって厳格な基準の下で判断されており、安易な導入や運用は深刻な法的・財務的リスクを招きます

この連載で解説した法的枠組みと判例の動向を十分に理解し、細心の注意を払って制度を構築・運用することが、コンプライアンス確保の鍵となります。

これまで6回にわたって定額残業代について詳しく解説してきましたが、いかがでしたか?皆さまの実務の参考になれば幸いです。

 

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