


【第6回・最終回】定額残業代 最高裁判例の総括と実務上の留意点 <連載>日本の定額残業代裁判例の要点

【第5回】定額残業代の有効要件④「差額支払義務」と適切な運用方法 <連載>日本の定額残業代裁判例の要点

こんにちは、分かりやすさNo.1社労士の先生の先生、岩崎です!
前回は私傷病休職制度の基本的な概念についてお話ししました。
今回は、実際に休職命令を発令する際の手続きと、その過程で気をつけるべき重要なポイントについて、判例も交えながら丁寧に解説していきます。
私傷病休職命令を発令する際の最も基本的なポイントは、就業規則における明確な根拠です。
企業が休職制度を設ける場合、その内容を就業規則に明記し、従業員に周知する義務があります。
この就業規則が法的な効力を持つためには、「合理的な労働条件」を定めている必要があることは、前回お話ししたとおりです。
就業規則が休職制度の根幹をなすため、その規定内容の明確性と網羅性が極めて重要となります。
曖昧な規定や実態と乖離した規定は、後の紛争の火種となりかねません。
私傷病休職命令を発令する際の手続きは、就業規則の定めに厳格に従う必要があります。以下、重要な手続きを順を追って見ていきましょう。
まず、自社の就業規則における休職の要件(例:連続欠勤期間、対象傷病など)を正確に把握することが不可欠です。
ここで注意していただきたいのは、就業規則の要件を満たさずに休職命令を発令した場合、その命令は無効と判断されるリスクがあることです。
実際に、京都地方裁判所で平成28年2月12日に出された判決では、就業規則の連続欠勤要件を満たさない休職命令が無効とされ、企業が600万円を超える金銭支払いを命じられました。このように、手続きの厳格性は極めて重要です。
通常、従業員からの休職の申し出には、主治医による休職の必要性や療養期間を明記した診断書の提出が求められます。
この診断書については、単に病名が記載されているだけでは不十分で、就労の可否について具体的に言及している必要があります。
「軽作業なら可」「徐々に就労時間を延ばすこと」といった抽象的な記載では、企業として具体的な復職プランを立てることが困難です。このような場合は、産業医を通じて、あるいは従業員の同意を得て企業担当者が直接、主治医に対し詳細な見解を求めることが必要です。
就業規則に「休職を命じる」と規定されている場合、従業員の欠勤が始まったからといって自動的に休職が開始されるわけではありません。企業が正式に「休職命令書」を交付して初めて休職期間が開始します。
この点について、大阪地方裁判所で平成25年1月18日に出された判決では、明確な休職命令が発令されていなかったことを理由に、休職期間満了による退職扱いを認めなかった事例があります。手続きの形式的側面も軽視できないことを示す重要な判例です。
休職命令書には、以下の事項を明確に記載することが推奨されます。
① 休職開始日
② 休職可能期間(満了日)
③ 就業規則上の根拠条文
④ 休職期間中であっても、治癒し復職可能となれば復職できること
⑤ 復職には医師の診断書提出と会社の復職判断が必要であること
⑥ 休職期間満了までに復職できない場合は雇用契約が終了すること
⑦ 休職期間中の給与および社会保険料の取り扱い
⑧ 傷病手当金の案内
⑨ 休職期間中の会社への連絡方法(病状報告等)および連絡先
従業員の傷病、特に精神疾患が長時間労働や職場におけるハラスメントに起因する疑いがある場合、私傷病休職としての取り扱いとは別に、労働災害(労災)としての対応を検討する必要があります。
精神障害の労災認定基準としては、原則として以下の3要件を満たす必要があります。
1. 発症前おおむね6か月以内に業務による強い心理的負荷(パワハラ等)が認められること
2. うつ病、適応障害、急性ストレス反応など、労災認定の対象となる精神疾患と診断されていること
3. 業務外の心理的負荷や個体的要因により発症したとは言えないこと
このように、傷病の原因が業務に起因するか否かは、休職制度の適用やその後の法的義務に根本的な影響を及ぼします。企業は、労災の可能性をスクリーニングする体制を整備し、必要に応じて産業医や外部専門家と連携して対応することが求められます。
従業員から提出された主治医の診断書について、企業がその内容(休職の必要性、期間の妥当性など)に合理的な疑義を持つ場合、企業は必ずしもその診断書に無条件で従う義務はありません。
安全配慮義務を負う企業には、従業員の就労の可否を最終的に判断する責任があるためです。
このような場合、企業はまず産業医に相談し、意見を求めることが一般的です。産業医は、主治医の診断に加え、従業員の具体的な職務内容や職場環境を考慮して、より実態に即した医学的判断を示すことができます。
休職中の従業員に病状報告を求める場合、個人情報保護法第21条第2項に基づき、情報収集の利用目的を明示する必要があります。この点は休職命令書の中で対応しておくことが望ましいでしょう。
プライバシーの保護と適切な労務管理のバランスを取ることは、現代の企業運営において欠かせない配慮事項です。
休職命令の発令は、従業員の就労義務を免除し、療養に専念させるための重要な措置です。
しかし、その判断や手続きには慎重な対応が求められます。特に、法的根拠の理解、適切な手続きの履行、そして複雑な状況への対応が不可欠です。
企業がこれらの手続きを遵守し、記録を適切に保管することは、将来的な紛争予防の観点からも極めて重要です。就業規則に具体的な手続きが定められていない場合や、判断に迷う場合は、専門家への相談も検討すべきです。
次回は、私傷病休職に先立つ欠勤期間の取り扱いについて詳しく解説します。有給休暇の利用方法、断続的欠勤への対応、病気欠勤制度の設計など、実務上重要なポイントをお伝えしていきます。