


【第5回・最終回】賃金支払原則違反の罰則と未払い賃金請求への対応 <連載> 賃金支払5原則シリーズ(全5回)

【第4回】毎月1回以上払い・一定期日払いの原則と非常時払いを解説 <連載> 賃金支払5原則シリーズ(全5回)

こんにちは、分かりやすさNo.1社労士の先生の先生、岩崎です!
前回は36協定の基本的な概念と働き方改革による変化についてお話ししました。
今回は、実務で最も重要な「時間外労働の上限規制」について、一般条項と特別条項の違いを中心に詳しく解説していきます。
この上限規制の構造は複雑ですが、その複雑さ自体に重要な意味があるのです。
2019年の法改正により導入された上限規制は、一般条項による原則的な上限と、特別条項による例外的な上限の二段階構造となっています。それぞれの内容を見ていきましょう。
36協定を締結する場合、時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間となります。
この上限は、1年単位の変形労働時間制の対象者については月42時間・年320時間となります。
この原則的上限は、「臨時的な特別の事情」がない限り超えることができない絶対的な法的制約です。
つまり、通常の業務の範囲内であれば、どんなに忙しくても月45時間、年360時間を超えて時間外労働をさせることはできません。
では、どうしても月45時間を超える必要がある場合はどうすればよいのでしょうか?
「通常予見することのできない業務量の大幅な増加」など、臨時的かつ特別な事情がある場合に限り、労使の合意のもとで「特別条項付き36協定」を締結することにより、原則の上限を超える時間外労働が可能となります。
しかし、この特別条項の適用にも、過労死ライン(単月100時間、直近2~6か月平均80時間の時間外労働)を強く意識した、極めて厳格かつ複雑な上限が設けられています。
特別条項を適用する場合、以下の4つの条件をすべて同時に満たす必要があります。
一つでも違反すれば罰則の対象となりますので、しっかり理解しておきましょう。
1.時間外労働は年720時間以内でなければならない(法定休日における労働時間は含まれない)
2.時間外労働と休日労働の合計は、単月で100時間未満でなければならない
3.時間外労働と休日労働の合計について、「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」のすべてが1か月あたり80時間以内でなければならない
4.原則である月45時間を超えることができるのは、年6か月までである
この上限規制の構造を見て、「なぜこんなに複雑なのか」と思われた方も多いでしょう。
実は、この複雑さ自体が意図的な抑止力として機能するよう設計されているのです。
例えば、年間の上限(720時間)の計算には休日労働を含まない一方で、月の上限(100時間未満)と複数月平均の上限(80時間以内)の計算には休日労働を含めるという違いがあります。このような計算方法の差異は、使用者にとって労働時間管理を著しく煩雑にします。
単一の上限値を設ける方が管理は容易であるにもかかわらず、あえてこのような多層的で複雑な規制が設けられたのは、特別条項の利用に対する管理コストとコンプライアンスリスクを意図的に高めるためと考えられます。
この管理の難しさが、一種の規制的「ナッジ」として機能し、使用者が安易に特別条項に頼ることを抑制するのです。
使用者は、複数の異なる指標(年間上限、単月上限、複数月平均、超過可能月数)を常に同時に監視し、かつ、それぞれの計算方法の違いを正確に理解していなければなりません。
例えば、年720時間の上限のみを意識して特定の数か月に時間外労働を集中させると、単月の100時間未満という基準はクリアしていても、複数月平均80時間以内の基準に抵触する可能性があります。
このような事態を避けるためには、常に先を見越した労働時間管理が必要となります。
この複雑な規制体系は、制度の欠陥ではなく、長時間労働の是正という立法目的を達成するための巧妙な制度設計と言えます。
結果として、企業はより恒常的な業務改善や人員配置の適正化を通じて、原則である月45時間・年360時間の範囲内で業務を運営するよう促されるのです。
特別条項は、あくまで「臨時的かつ特別な事情」がある場合の最後の手段として位置づけられています。
恒常的に月45時間を超える時間外労働が必要な状況は、そもそも人員不足や業務配分の問題があることを示しており、根本的な見直しが必要です。
36協定の上限規制は、一般条項(月45時間・年360時間)と特別条項(年720時間等の複雑な条件)の二段階構造となっています。
特別条項の複雑な規制は、安易な利用を抑制するための意図的な設計であり、企業には原則の範囲内での業務運営が求められています。労働時間管理においては、複数の指標を同時に監視する必要があり、高度な管理体制の構築が不可欠です。
次回は、36協定の有効性を左右する最も重要な要素である「過半数代表者の選出」について、判例も交えながら詳しく解説します。お楽しみに!