我が国の年間総実労働時間の状況をみると、常用労働者全体でみれば、この20年間着実に短縮が進んでいます(2017年で1,721時間)が、一般労働者(いわゆる正社員)については、2,000時間を上回る水準で定着したままです。
また、雇用者のうち週労働時間60時間以上の者の割合は低下傾向にあるものの7.7%と、2020年時点の政労使目標である5%を上回っており、特に30歳代男性では14.7%となっています。
特にこの点は、男性の家庭参加を阻む原因の一つといわれ、その結果、仕事と家庭生活との両立が困難となり、女性のキャリア形成を阻むだけではなく、少子化の原因にもなっているという悪循環が指摘されています。
また、最近では我が国の時間当たりの労働生産性の低さが指摘されることが多くなっており、健康を害し、家庭を壊してまで長時間働く割には稼げていないといった矛盾を指摘する声もあります。すなわち、いまや長時間労働の悪影響は健康問題にとどまりません。
そこで、『「過労死等ゼロ」を実現するとともに、マンアワー当たりの生産性を上げつつ、ワーク・ライフ・バランスを改善し、女性や高齢者が働きやすい社会に変えていくため、従来、上限なく時間外労働が可能となっていた特別条項を用いた場合であっても、上回ることのできない上限(絶対的上限時間)を設定する改正が行われることになりました。
図表2:法改正の全体像
今回の改正は、現行の労基法36条を全面的に改正することにより行われます。
具体的には、現在省令や時間外限度基準告示に定められている事項のほとんどを法律条文上に記載するという形での改正が行われます。
つまり、時間外・休日労働に関する三六協定に係る事項がすべて「法律」で規制されることになるため、従来からの行政の監督指導は一層強化されることが容易に予測されます。
以下、実務上直ちに留意すべきポイントを述べます。
※大企業2019年4月、中小企業2020年4月から
現行法上でも、時間外労働は、月45時間、年間360時間が上限です。
ただし、特例としてやむを得ない場合には、年に6か月に限り、所定の手続を経て月45時間を超えることができます。そのための要件はいままでは大臣告示に規定されていましたが、今回法律に記載されることになり、加えてその要件が厳格化されています。
また、年間上限時間は現行法上規定がありませんが、「720時間」という絶対的上限規制が設けられます。
ということは今まで漫然と45時間を超えて残業をさせていた、あるいは年間6か月を超えて45時間を超える残業をさせていたなどの会社に対しては、厳しいペナルティが科されることになることが予測されます。
筆者の私見では、下記改正法の「通常予見することのできない」という文言は重みがあると考えます。よほど切迫した事情がない限り特例は使えず、慢性的な長時間労働は徹底的に排除されることになるでしょう。業務効率化は必須です。
図表3:特例発動の要件
※大企業2019年4月、中小企業2020年4月から
今回の法改正では、時間外労働に係る720時間という規制が加わるほか、「休日労働」を含めた時間規制が行われます。これは、割増賃金の支払以上に、一定時間を超えると社員健康を損ねてしまう週40時間を超える労働時間そのものを規制しようという健康規制といえます。
社員が健康を損ねてしまう時間として、月80時間(過労死ライン)が知られていますが、医学的エビデンスにより、これを超える長時間労働が慢性化すると脳血管・心臓疾患の発症割合が増大することが証明されており、これに従い2か月から6か月の平均で時間外労働・休日労働が月80時間を超えてはならないという規制が新設されます。
また、時間外労働・休日労働が月100時間に達すると身体医学的にも精神医学的にも極めて危険な状態となるため、この時間に達することは禁止されます(いずれも罰則あり)。
※大企業2019年4月、中小企業2020年4月から
(1)の720時間の規制は時間外労働に係るものですが、(2)の80時間、100時間の規制は、休日労働を加えた時間数になります。ということは各会社において、時間外労働時間数と休日労働時間数を峻別して管理する必要があります。
例えば、日曜日が法定休日の会社の場合、日曜日の休日出勤は休日労働ですが、他の休日の出勤は時間外労働扱いになります。これを一括りに「休日労働」として時間外労働とは別カウントにしている会社がありますが、このような場合、思わぬところで法違反が生じてしまうリスクがあります。
※全企業2019年4月
労働安全衛生法が改正され、大企業・中小企業の区別なく2019年4月から、時間外労働・休日労働が月80時間を超えた社員から申出があった場合、医師による面接指導を受けさせなければならなくなります。
ここでいう社員とはいわゆる管理監督者を含みます。通常、多くの会社では、これらの者を労働時間管理の適用外としてタイムカード等による時間管理を行っていない場合があります。しかし、それでは当該者が月80時間を超えているかどうかを会社が把握できないことになります。
そこで、法改正後は、たとえ、時間外労働割増賃金を支払わなくてもよい管理監督者であったとしても、在社時間を把握するため、すべからくタイムカード等により時間管理をしなくてはいけなくなります。この場合、「自己申告」などは認められません。この規定は中小企業の適用猶予がないため、タイムカード等による時間管理を行っていない会社は早急な対応が求められます。
※中小企業2023年4月から
月60時間を超える時間外労働に係る5割増の割増賃金の規定(労基法37条1項ただし書き)を中小企業について適用猶予している定めは、2023年4月1日から削除されます。