


第5回:世界はハラスメントをどう規制しているか — ILO第190号条約と各国比較 <連載>ハラスメント法制の歴史と未来 — 2026年10月大改正を読み解く(全6回)

第4回:就活生を守る法改正 — 「雇用関係なき空白」を埋める求職者等セクハラ防止措置 <連載>ハラスメント法制の歴史と未来 — 2026年10月大改正を読み解く(全6回)

こんにちは、分かりやすさNo.1 社労士の先生の先生、岩﨑です!
今回から全6回にわたり、「労務管理と健康管理の実務」と題した連載をお届けします。2026年4月の治療と就業の両立支援および高年齢労働者の労災防止の努力義務化を皮切りに、2027年4月の健康診断項目の見直し、2028年5月までのストレスチェック全事業場義務化と、健康労務に関する改正が立て続けに施行されます。顧問先からの相談、社内からの問合せが確実に増えるテーマです。難しい制度も、原理と時代背景を押さえれば理解は簡単。第1回は、なぜ今これほど健康労務が問われるのか、その構造的な背景から整理しましょう。
従来の労務管理において、従業員の健康管理は「福利厚生」あるいは「企業の任意の配慮」として捉えられる傾向がありました。予算に余裕があれば手厚くし、なければ法定の健康診断だけ回す。そうした位置づけです。しかし現在、健康管理は企業の持続可能性と事業継続を左右する経営条件へと、位置づけが根本から変わっています。近年の労働安全衛生法および関連法令の相次ぐ改正も、単なる行政手続の見直しではなく、人口構造の変化に直接連動した政策転換として読む必要があります。
第1に、生産年齢人口の激減に伴う労働力人口の減少と、採用難の常態化です。特に中小企業では新規人材の確保が極めて困難となっており、在職中の従業員が健康不調を理由に離職することを防ぎ、限られた人材に長く定着してもらう環境整備が、経営上の最優先課題になりました。顧問先に説明するときも、ここを外すと「またコストの話か」で終わってしまいます。
第2に、就業者の高齢化です。雇用延長や高年齢者雇用安定法の改正に伴い、職場における60歳以上の労働者の割合は年々拡大しています。高年齢労働者は若年層と比較して労働災害の発生率が高く、一度被災した場合の休業期間も長期化しやすいという特徴があります。転倒や墜落・転落といった災害が現場で増えているのは、この構造の反映です。
第3に、「治療しながら働く時代」への移行です。医療技術の進歩や早期発見技術の発達により、がん、脳卒中、心疾患、糖尿病などは、通院しながらコントロールする病気へと変化しました。何らかの疾患で通院治療を受けながら就業する労働者は、全就業者の3人に1人から4割に達しています。罹患を理由とする安易な離職を防ぎ、治療と仕事の両立を支援する制度設計が求められる所以です。
2025年5月に公布された改正労働安全衛生法等を起点として、2026年から2028年にかけて施行される一連の改正は、個別ばらばらの改正ではありません。労働者の安全と健康を包括的に維持・増進するための「1本の統合された線」として読み解く必要があります。施行のつど後追いで場当たり的に対応するのではなく、全体像を見据えた先回り型の規程整備が不可欠です。
[表]2026年から2028年の健康労務ロードマップ
| 施行時期 | 改正の内容 | 位置づけ・実務上の影響 | 主な法的根拠・告示 |
|---|---|---|---|
| 2026年4月 | 治療と就業の両立支援の努力義務化 | 事業者の努力義務化に伴う両立支援体制の構築要請 | 改正労働施策総合推進法、治療と就業の両立支援指針(2026年厚生労働省告示第28号) |
| 2026年4月 | 高年齢労働者の労働災害防止の努力義務化 | 職場環境改善および身体機能への配慮の要求 | 改正労働安全衛生法第62条の2、高年齢者の労働災害防止のための指針 |
| 2026年4月 | 健診問診票への女性特有の健康課題に関する質問の追加 | 健診実務および相談体制の整備。問診の実施自体は義務ではなく、回答は事業者に提供されない | 2026年4月28日付け局長連名通知の別紙改正、関係マニュアル |
| 2027年4月 | 一般健康診断の検査項目の見直し | 血清クレアチニン検査の追加、喀痰検査の廃止、肝機能検査の酵素名変更 | 労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(2026年厚生労働省令第89号)、同告示第204号 |
| 2028年5月まで | ストレスチェックの実施の全事業場義務化 | 常時50人未満の小規模事業場を含めた完全義務化 | 改正労働安全衛生法第66条の10(努力義務規定の削除) |
これらの改正群に共通するのは、「労働者の心身のリスクを会社が早期に把握し、適切な就業上の措置を講じること」を具体的に義務づけている点です。つまり、次回以降で扱う安全配慮義務の履行水準を、実質的に引き上げる効果を持っています。
第1回のポイント
健康管理は福利厚生の枠を脱し、事業継続のための経営条件になりました。背景には、労働力人口の減少と採用難、就業者の高齢化、治療と仕事の両立という3つの構造的要因があります。2026年から2028年の改正は個別のものではなく、「心身のリスクを早期に把握し、就業上の措置を講じる」という一点に収束する1本の線として読み解くべきです。
次回は、その土台にある安全配慮義務を取り上げます。今でこそ労働契約法第5条に明文がありますが、この義務はもともと条文のどこにも書かれていませんでした。裁判所が半世紀かけて形をつくってきた、その道筋をたどります。どうぞお楽しみに!
次回予告
第2回「安全配慮義務はどこから来たのか — 判例法理50年の展開」。陸上自衛隊八戸車両整備工場事件、川義事件、電通事件という3つの最高裁判決を手がかりに、保護の対象が物理的な事故から心の健康へと広がり、労働契約法第5条として明文化されるまでの過程を整理します。



