


第4回:いま労働基準法が抱える3つの構造的課題 <連載>労働基準法・改正の40年史と2026年大改正の行方(全6回)

第3回:歴史的転換点 ― 働き方改革関連法と2024年改正 <連載>労働基準法・改正の40年史と2026年大改正の行方(全6回)

こんにちは、分かりやすさNo.1社労士の先生の先生、岩崎です!
全6回にわたってお届けしてきたこの連載も、いよいよ最終回です。前回は、健康確保の側、すなわち「守る」を強める論点を見てきました。第6回は、もう一方の「支える」を強める論点、つまり柔軟な働き方の再構築を取り上げ、最後に連載全体を貫く思想で締めくくります。
現在、労働基準法第38条の解釈に基づき、労働者が事業主の異なる複数の事業場で働く場合、本業先と副業先の労働時間は通算して管理されます。法定労働時間を超えた部分については、後から契約した使用者に割増賃金の支払い義務が生じます。
この複雑な計算と管理の負担が、企業が副業を解禁しない、あるいは副業者の受け入れを拒む、最大の障壁になってきました。そこで今後の改正では、労働者の健康確保のための労働時間の通算管理は維持・厳格化する一方、割増賃金の算定における労働時間の通算管理は適用除外とし、各企業が自社の労働時間のみで割増賃金を算定する方向での法整備が進められる見通しです。自発的な副業・兼業には、時間外労働の抑制を目的とする割増賃金規制の趣旨が必ずしも当てはまらない、という整理に基づく歴史的な転換です。
テレワークとオフィス出社が混在するハイブリッドワークが広がるなかで、現在のフレックスタイム制には、特定の日は定時、特定の日はフレックスといった部分的な適用ができないという課題があります。今後の改正では、特定の日はあらかじめ定められた始業・終業時刻どおりに出退勤することを可能とする、部分的なフレックスタイム制の導入が検討されています。これにより、製造業のライン労働者や、高齢者、育児中の労働者などもフレックスタイム制を利用しやすくなると期待されています。
あわせて、商業や接客娯楽業などで常時10人未満の労働者を使用する事業場に認められている週44時間の法定労働時間の特例措置については、対象事業場の87.2%がこの特例を使用していないという実態を踏まえ、その役割を終えたとして、撤廃し原則の週40時間に統一する方向での見直しが確実視されています。さらに、仕事と生活が混在し中抜け時間が生じやすいテレワークの実態に対応するため、在宅勤務に限定した新たなみなし労働時間制の導入も検討されています。
働き方の多様化と労働生産性の向上をめぐり、最も激しい議論が交わされているのが裁量労働制の扱いです。
経済界、たとえば日本経済団体連合会などからは、要件の緩和や対象業務の拡大を強く求める声が上がっています。経団連の調査では、裁量労働制が適用されている労働者の約8割が制度に満足しているとされます。柔軟な働き方を求めるホワイトカラーの約33%が裁量労働制の適用を希望している一方、実際の適用労働者の割合は1.4%にとどまるというデータも示され、生成AIの普及などで時間と成果が比例しない業務が増えるなか、画一的な時間管理は労働者の自律性や意欲を削ぐと主張しています。
これに対し、労働側、たとえば日本労働組合総連合会、いわゆる連合や、一部の専門家、法律家団体からは、過重労働の温床になるとの懸念から、対象拡大にきわめて慎重、あるいは強く反対する意見が示されています。連合は、厚生労働省の調査では裁量労働制が適用されている労働者のほうが長時間労働者の割合が高いと指摘し、制度の拡充ではなく、2024年改正を踏まえた厳格な導入手続と定期的なモニタリングの徹底こそ重要だと主張しています。対象業務のさらなる拡大は、健康・福祉確保措置の強化とパッケージで、水面下の激しい議論が続くと予想されます。
| 論点 | 現状の課題 | 今後向かう方向性 |
|---|---|---|
| 副業・兼業の割増賃金 | 複数企業の労働時間を通算して割増賃金を算定 | 健康確保の通算は維持しつつ、割増賃金算定の通算管理を適用除外 |
| フレックスタイム制 | 期間を通じた一律適用が必要で、部分適用ができない | テレワーク日などに限定した部分的なフレックスタイム制の導入 |
| 週44時間の特例 | 小規模の商業・サービス業に週44時間の特例 | 特例措置の完全撤廃、全業種で週40時間への統一 |
| 過半数代表者の整備 | 法的定義や使用者の支援義務が不明確で機能不全 | 法に基づく位置付け・権限、使用者の情報提供などの支援義務の明記 |
改正の議論で避けて通れないのが、労働側、大企業を含む使用者側、そして中小企業の間にある根深い視点の相違です。労働側は、長時間労働を前提とした企業文化の払拭を求め、規制の強化を第一に掲げます。使用者側は、労働生産性の向上を急務とし、画一的な時間管理からの脱却を主張します。
とりわけ深刻な影響を受けるのが中小企業です。調査では、中小企業の51.2%が人材の質の不足を、37.2%が労働力の量の不足を経営上の障害として挙げています。建設業や運輸業では、時間外労働の上限規制、いわゆる2024年問題によって、工期の遅れや、収入の減少による従業員の離職といった問題が起きています。令和7年の調査では、労働者の約10.5%が労働時間を増やしたいと回答しており、その理由として、たくさん稼ぎたい、知識や経験・スキルを高めたい、といった声が挙がっています。改正を社会に実装するには、価格転嫁による賃上げ原資の確保や、AI・デジタル導入による省力化支援など、産業政策と一体になった包括的な労働政策が欠かせません。
1987年・昭和62年から現在に至る約40年の歩みは、工場モデルを前提とした時間による画一的な管理から、ホワイトカラー化とサービス化に対応する時間の弾力化へ、そして相次ぐ過労死問題を経て、健康確保のための絶対的な境界線の設定へと進化してきた歴史でした。
| 連載の結論 ― 守る土台の上に、支える自由を |
|---|
| 2026年以降に見込まれる次の改正のベクトルは、時間外労働の総量規制という最長労働時間規制の深化から、13日連続勤務の禁止や11時間の勤務間インターバルの義務化といった、労働からの解放をどう保障するかという、より本質的な健康確保モデルへの歴史的なパラダイムシフトです。 |
| 同時に、副業・兼業の割増賃金の通算除外や、フレックスタイム制の部分適用のように、柔軟性を高めるための規制緩和も並行して進みます。これからの労働基準法は、強行法規としての厳格な保護という土台をこれまで以上に堅牢にしたうえで、その強固な土台の上で、働く時間・場所・契約形態の選択の自由度を最大限に広げる。すなわち、高度なフレキシキュリティを実現する法体系へと向かっていくのです。 |
「守る」と「支える」。第1回の冒頭でご紹介したこの2つの軸は、約40年の改正史を貫き、そして2026年改正の核心にもなっていました。来るべき労働市場の激変と技術革新に対し、日本の労働時間法制が導き出した中長期の解、それがフレキシキュリティです。
社労士の先生方や人事ご担当の皆さまにとって、この連載が、これからの大改正を落ち着いて見通すための地図になれば幸いです。全6回、最後までお読みいただき、ありがとうございました。